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港都KOBE芸術祭|神戸開港150年記念、神戸、芸術、アートの祭典

ART WORKS / ARTISTS作品・出展作家

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POST PARADISE PROJECT(prototype_01)
POST PARADISE PROJECT
(prototype_01)
日本は環太平洋の地震帯の縁にあり、定期的に巨大地震の災害に見舞われることは、東日本大震災によって改めて認識される事となった。にもかかわらず原発の大事故の教訓は生かされないまま、多くの断層帯の上にある原発が現在再稼働を始めている。これは我々の主人となった金融システムと同じく、巨大テクノロジーが意志を持って我々を操っている事実を想起させる。
この原発テクノロジーと並ぶもうひとつの巨大な意志にコンクリートがある。このマテリアルは我々に自然をねじ伏せる楽しさを囁き続け、我々は大きな利便性と快適な暮らしを手に入れる事に成功した。しかし、鉄壁と思われた巨大な防波堤を、1000年に一度という未曾有の大津波は簡単に乗り越え、返って被害を大きくする要因となった。にもかかわらずテクノロジーというモンスターは新万里の長城(防波堤)を360億円という莫大な費用をつぎこんで建設せよと囁いた。これによって起こされたパラドックスは、海と生きて来た人々の海からの隔離であり、それによってもたらされた海と生きる産業の崩壊によって引き起こされた人々の離散である。人々が消えた浜に、巨大な堤防だけが残されるという悲劇的な未来が現実のものとなった。かつて日本人は海と生きる事に知恵があり、急に引き潮が起きたのを見るやいなやてんでバラバラに近くの丘へと逃げよという伝承を守った。何世代かに一度やって来る大津波は無数の家屋を流しはしたが、人々はまた海沿いに戻ってあばら家を建て海の恵みを生活の糧として自然に逆らう事なく暮らし続けた。
この大震災がもたらした教訓は、「テクノロジーへの盲信を止め、ヒューマンスケールで思考する自由を取り戻せ」という事ではないだろうか。マルティン・ハイデガーが警告したように、人間がテクノロジーを生み出したのではなく、文明以前に存在したテクノロジーというモンスターが人間を操って自らの目的を達成しようとしているのである。
今回、神戸港開港150年を記念して開催される展覧会に参加するために神戸港のクルーズをしながら、阪神・淡路大震災のあと、崩壊した神戸の町並みを歩きながら無我夢中で復興して行った事や、崩れた港の倉庫でジョルジュ・ルース氏の制作に立ち会った事などを思い出していた。当時私は神戸の女子校に勤務しており、六甲山の裏で比較的被害の軽かったスタジオでさえも内部は総て倒壊するという現実に遭遇したが、その時に無数のボランティアの人々に助けられた経験が、以後アーティストとしての活動に大きな影響を与える事となった。
その後東日本大震災の直後に立ち上げた”VITAL FOOT PROJECT”では、テクノロジーがブラックボックス化される前の自転車というヒューマンスケールに立ち返る運動体として、神戸のバイクビルダーとの協働で設計を行うことになる。これは実用的ではあるが、象徴的に原発という巨大テクノロジーとは何かを誰もが考える契機として制作した思想のプロトタイプでもあった。
そして今回出展するシリーズ「POST PARADISE PROJECT」では、予想される南海トラフ崩壊の大地震と津波が襲う近畿地方の人々に、コンクリートの堤防や生活圏から切り離される安全対策ではない、ささやかなプロダクトによる抵抗可能性を提示したいと願っている。この作品は、2017年8月に新宿、9月に神戸港、12月に沖縄で展示される予定である。
作品展示場所
12

神戸三宮
フェリーターミナル

>>アクセス
椿 昇
1953年京都市生まれ。京都市立芸術大学美術専攻科修了。京都造形芸術大学美術工芸学科長・教授。森美術館理事。2001年横浜トリエンナーレで 全長50mの巨大なバッタのバルーンで名を馳せる。現在瀬戸内国際芸術祭の醤の里と坂手地区のディレクションを担当、持続する芸術祭を模索する。